「キャリア戦略」を設計する
キャリア設計のはじめ方

第4回 「キャリア戦略」を設計する

前回は、「目指す将来像」を設定する方法を紹介しました。次は、今いる場所から「目指す将来像」にたどり着くまでの道筋を設計します。この道筋を「キャリア戦略」と呼びます。

多くの場合、目指す将来像の実現は簡単ではありません。たとえば、「社会課題を解決する会社をつくりたい」と望んでも、ビジネススキルを持たない学生がいきなり起業するのはハイリスクであると、容易に想像できるでしょう。

目指す将来像を実現するためには、どのようなスキルや経験が必要なのか、それらを身に着けるためにはどのようなキャリアを経るべきなのか――それを考えるのが、「キャリア戦略を設計する」ということなのです。

今回の記事では、学生の皆さんのために、ベーシックな「キャリア戦略」のつくり方を紹介したいと思います。

社会起業家・立花さんがたどった道筋

まずは、「キャリア戦略」への理解を深めていただくために、再生可能エネルギーの会社を経営する立花さん(仮名)の例を紹介します。

立花さんは、山と田畑に囲まれた自然豊かな地方のご出身です。高校卒業後、立花さんは東京の名門大学に進学し、一人暮らしをはじめました。しかし、大学生活を送る中で、地元と東京の経済格差を強く感じるようになったそうです。夏休みや冬休みに地元に戻るたび、過疎化が進む状況に危機感を抱くようになりました。

そのような中、立花さんの心には「将来、地元を活性化できるような、良い会社をつくりたい」という想いがふつふつと湧くようになったのです。

「地元を活性化したいという志を立花さんは学生時代に描いた」のイラスト

新卒で、ベンチャー企業を支援する小規模コンサルに就職

しかし、まだ学生だった立花さんには、いきなり起業しても成功する自信がありません。そこで、ベンチャー企業を支援する小規模なコンサルファームを就職先として検討しはじめます。将来の起業に向けて、ベンチャー企業経営の知見を学ぼうと考えたのです。

立花さんは名門大学の学生です。もちろん、日本を代表するような総合商社、メガバンク、広告代理店、世界的なコンサルファームなども、選択することができました。

実際、立花さんのご両親からは、「なぜ、総合商社やメガバンクへ就職しないのか」と強く反対されたそうです。しかし、立花さんは自分の定めた将来像を実現するために、その小規模なコンサルに入社することを決断します。

入社した立花さんは、研修期間を経てすぐに、ベンチャー企業を支援するプロジェクトを担当します。社内には、ベンチャー経営に関する知見が詰まった研修資料も豊富で、とても勉強になったそうです。5年ほど勤務し、10本以上のプロジェクトを経験すると、企業を成長させるためのコツがつかめてくると同時に、企業分析や書類作成のスキルなども身についてきました。

20代後半で、地方企業を支援するPEファンドに転職

評価の高かった立花さんは、20代後半ですでに1200万円以上の収入を得ていました。しかし、起業に備えて、役員(経営幹部)としての経験を積みたいと考えていたため、地方企業を支援するPEファンドへの転職を決断します。

PEファンドとは、苦戦する企業を買収し、経営を立て直して企業価値を高めてから売却することで、利益を得る会社です。入社すると、投資先企業へ役員として派遣されるケースがあります。また、報酬面においても、PEファンドは魅力的なキャリアです。企業の立て直しに成功すれば、数千万~数億円単位のボーナスを受け取る社員もいます。

PEファンドへ転職した立花さんは、地方の食品会社へ役員として派遣されました。「30歳になる前に、企業の役員として100名規模の組織を動かす経験は、非常に貴重でした」と、立花さんは振り返ります。

 
会社の中には、50代や60代の方もいらっしゃいます。自分が考えていることを理解してもらうためには、現場で一緒に汗をかいて、お酒を飲み交わすといったことも大切でした(立花さん)

2年ほどで改革は成功し、食品会社は見事に業績が回復したそうです。

30代前半で、再生可能エネルギー事業を地元に起業

食品会社の売却も完了し、30代前半となった立花さんは地元に戻り、満を持して事業を立ち上げはじめました。コンサルファームやPEファンドで身に着いた知見とスキル、ネットワークを活用しての起業なので、大きな不安はありませんでした。

現在は、地元の豊かな自然を活用した、再生可能エネルギー事業に取り組んでいます。立花さんのユニークで先進的な取り組みは、各方面から注目され、さまざまなメディアで取り上げられています。

起業家として順調に活躍する立花さんは、「かねてからの夢だった地元の活性化に貢献できていることが、何よりも嬉しいです。また、コンサルファームやPEファンドでの経験がなければ、とても無理でした。2つの会社とクライアント企業の方々に感謝しています。」と語ります。

立花さんは、大学卒業からたった10年ほどで、念願だった「地元の活性化に貢献する会社」を立ち上げることができました。

もちろん、ご両親の勧めに従って大企業や有名企業に勤め、スケールの大きな事業に携わるという選択も、素晴らしいキャリアです。しかし、ご自身の志や身に着けたいスキル、経験を優先してキャリアを選択したことが、このように早い段階での「目指す将来像」の実現につながったのです。

「自分の志を優先したキャリア選択で目指す将来像を実現する」のイラスト

「キャリアの階段」をつくり、「目指す将来像」を実現する

立花さんのキャリア戦略

ここで改めて、立花さんが歩んできたキャリアを整理してみましょう。

「立花さんが歩んできたキャリア」の図表

立花さんのキャリア戦略で重要なポイントは、大学卒業後、すぐに起業を目指さなかったことにあります。一般的には、企業経営に関する知見や経験のない学生が、いきなり起業するというのは、少々無理があります。

しかし、コンサルファームに勤務すれば、戦略立案やマーケティングに関する業務経験を積むことが可能です。特に、立花さんが選択したようなベンチャー企業を対象としたコンサルファームであれば、起業時に直面するさまざまな問題と解決策を知ることができるでしょう。

さらに、PEファンドに転職して投資先のマネジメントを行うことで、年齢も立場も異なる社員を動かしていくリーダーシップを、身につけることができるようになります。また、地方企業を対象としていることも、立花さんの将来につながったはずです。

コンサルファームとPEファンドを経験することは、立花さんの夢を着実に実現する、戦略的なキャリア形成となったのがご理解いただけるでしょう。

中継地点を設けて“最短ルート”をつくる

キャリア戦略を上手につくるコツは、目指す将来像を実現するための「中継地点となるキャリア」をいかに設けるかにあります。この中継地点を「キャリアの階段」と呼びます。立花さんのケースでは、所属したコンサルファームやPEファンドが、それに当たるのです。

「キャリア戦略を上手につくるコツはキャリアの階段にある」のイラスト

一足飛びにゴールに行くのが難しい場合でも、キャリアの階段を設けることで、その実現の可能性は飛躍的に高まります。また、安全・着実に知見やスキルを高めながら、目指す将来像に近づけるという点でも、「キャリアの階段」は優れています。

なお、「キャリアの階段」には、一人ひとりの経歴や希望などに応じてさまざまな選択肢があります。また、キャリアの階段を2ステップ、3ステップと挟むこともあるでしょう。

現在、社会で活躍するビジネスリーダーの皆さんも、一足飛びに夢を実現しているわけではありません。1つ以上の職場で専門知識やスキルを身に着け、人的ネットワークを構築するという「キャリアの階段」を経てから、思い描いていた将来像を実現するケースが多いのです。

キャリア戦略を上手につくる2つのコツ

コツ①:ロールモデルが歩んできたキャリアを調べる

もちろん、学生の皆さんの中には、「目指す将来像」の実現に至るまでの道筋を、どのように設計すればよいかわからないという人も多いことでしょう。

私がおすすめしたいのは、自分が目指す仕事に就いている人たち(ロールモデル)が、どのようなキャリアを歩んできたのかを調べるという方法です。今、高いポジションに就いている人も、いくつかの職歴を挟み、その経験を活かしながら活躍していることが多いからです。

例として、先ほど紹介した立花さんが2社目に選択した、PEファンド業界で活躍する方々を見てみましょう。

実は、PEファンド業界は、新卒で入社している人がほとんどいません。投資銀行や戦略コンサル、M&A関連のコンサルなどを経てから入社している人が大半なのです。PEファンド業界を目指す場合には、それらのステップを経てからチャレンジするのが近道となります。

実際に、PEファンドのWebサイトで所属社員のプロフィールを見ると、入社に至る有力なルートが浮かび上がってきます。参考までに、日本有数のPEファンドのチーム紹介ページへのリンクを掲載します。

このように、ロールモデルが歩んできたキャリアを調べることは、自身がキャリア戦略を設計するうえで有益です。ただし、「好き・嫌い」や「得意・不得意」などには、当然ながら個人差があります。必ずしも、ロールモデルと同じ職歴を選ぶ必要はありませんので、その点はくれぐれもご注意ください。

コツ②:キャリア戦略は「ざっくり」決める

キャリア戦略を設計する際のもうひとつのコツは、「ざっくり」決めることにあります。1社目では〇〇の経験を積み、1社目では△△のスキルを身に着ける……といったように、それぞれのキャリアにおける主な目的がつかめれば十分です。

27歳までにA業界で課長になり、33歳までにB業界で役員になり、38歳では売上100億円の会社をつくる……といったような、詳細な計画をつくる必要はありません。

なぜなら、あまり詳細に設計しても、無駄になってしまうことが珍しくないからです。キャリアは数十年にわたるものです。当然、社会情勢は変化していきますし、新しいテクノロジーや新しい職業が登場することもあるなど、状況は刻々と変化していきます。そのため、20年先、30年先のことを今から細かく決めても、あまり意味がないのです。むしろ、10~20年も前に立てた古い計画にとらわれ続けるほうが、弊害が多いでしょう。

また、目指す将来像に近づくにつれ、より適切なキャリアの選択肢が見えてくることも多々あります。まずは、おおよその方向性を決めて、進んでいくことが大切なのです。

「キャリア設計は、行き当たりばったりでも、ガチガチに計画しても上手くいかない」のイラスト

ここまで、ベーシックな「キャリア戦略」のつくり方をご紹介してきました。キャリア設計の応用的な手法や実例などは、拙著『未来をつくるキャリアの授業』(日経ビジネス人文庫/日本経済新聞社)に詳しく書いています。「キャリア戦略」についてより深く知りたい方は、ぜひお手に取っていただければと思います。

『未来をつくるキャリアの授業』(渡辺秀和 著)

東京大学が採用したキャリア設計の教科書。日本ヘッドハンター大賞MVP受賞者の渡辺秀和が、人生を飛躍させる「キャリア戦略」のつくり方を公開。

所属企業への「貢献」がキャリアチェンジの大前提

ここまで見てきたように、目指す将来像に近づけるようキャリア戦略を設計することで、その実現の可能性は飛躍的に高くなります。実社会において、自身の夢を実現させる方法といえるでしょう。

なお、ここで注意しなければならない、大切なことがあります。それぞれの「キャリアの階段」において在職する企業に対しては、「経験を積ませていただいている」という感謝の気持ちを持つことを忘れてはなりません。

しっかりと価値を生み出し、組織に貢献することが、キャリア形成の大前提となります。転職する機会が増え、キャリア設計の自由度が高くなった現代だからこそ、特に意識していただきたいと思います。 

現在ビジネスリーダーとして活躍する皆さんも、軸となるキャリア戦略を持ちつつ、目の前の一つひとつの仕事で成果を生み出すことで、人生を飛躍させていっているのです。

キャリア戦略を設計した後は、いよいよ就職活動のステップです。第5回では、「就職活動」を成功へ導く選考対策について、詳しく紹介します。

皆さんの中には、「自分は話すのが苦手なので、面接が不安だ」と感じる人もいるでしょう。でも、ご安心ください。面接の目的を理解し、的確な対策を行えば、どなたでも本番で力を発揮することが十分に可能です。具体にどのような準備をすればよいのか、選考対策のポイントをわかりやすく解説します。

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著者プロフィール
渡辺 秀和
CareerPod編集長
渡辺 秀和
コンコードエグゼクティブグループ|代表取締役CEO
戦略コンサル、外資系企業の幹部などへ1000人を越えるビジネスリーダーの転職を支援したキャリア設計の専門家。「日本ヘッドハンター大賞」初代MVP受賞者。 著書:『未来をつくるキャリアの授業』(東京大学でのキャリア設計の教科書に指定)

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