第6回 自分のキャリアは自分でデザインする時代に
現代は、20代後半~30代前半の起業家や、日本企業の海外進出をリードする経営コンサルタント、伝統企業の再建を担う投資ファンドのマネジャーなど、若くして活躍するビジネスリーダーたちが続々と登場してきています。
彼らは、自分の価値観に適したキャリア設計によって「目指す将来像」を実現。「自分の好きなことで、社会にインパクトを与えながら、恵まれた収入も得る」という充実した人生を歩んでいる人々です。
前回までの記事をお読みになった皆さんも、キャリア設計が人生にもたらすインパクトの大きさを感じたのではないでしょうか。
しかし、不思議なことに、今まで学校や親世代の人から「キャリアをしっかりと設計したほうが良い」というアドバイスを聞く機会は、ほとんどなかったと思います。
なぜ、現代においては、キャリア戦略を描き、主体的にキャリアをつくることが大事になったのでしょうか?本記事では、皆さんが社会に出てから直面する、キャリア形成を取り巻く環境の実態について解説していきたいと思います。
「転職市場」とは何か
「転職市場」とは、端的にいえば「働きたい人」と「人材を求める企業」がマッチングされる場です。ポジションや年収、仕事内容、必要なスキル・経験など、双方の条件が折り合えば、入社が決まります。
その様子は、まるでプロの野球選手やサッカー選手の移籍市場のようです。高い能力や実績を持つ人材は、多くの企業の間で争奪が行われ、市場価値が上がり、好条件を得ます。
転職市場で評価された人は、「高いポジション」や「高い年収」を得られるだけではありません。評価が高ければ、自分が「好きな仕事」に携われる企業に転職することも可能です。
また、入社した企業が仮に倒産したとしても、他社へ移ることが容易なので、働き続けることができます。場合によっては、企業への交渉が可能なので、勤務時間や働く場所など「働き方の自由度」も高くなります。
高いスキルを持つ方であれば、育児中の女性が社内で初となる在宅勤務を認められたり、介護中の男性が午後5時終業の時短勤務ができたりなど、ライフステージに合った働き方をかなえていることも珍しくないのです。
転職市場の発達の歴史
しかし、30年ほど前は、転職市場がこれほどまで十分には発達していませんでした。そのため、新卒で入った大企業よりも恵まれた企業への転職は難しかったのです。「良い大学を卒業し、良い企業に入社して、長く勤め続けること」が、多くの方にとって適切なキャリアとなっていたため、キャリア戦略を立てる必要性が低い時代でした。
現代と30年ほど前とでは、上記のようにキャリア設計の前提条件が異なります。60代以上の方から「キャリア設計が重要だ」という声があまり聞かれないのは、そのためでもあります。時代背景が変化したことで、現代では、キャリアを自分で設計することが有効になったといえるのです。
転職市場の様子が徐々に変わり始めたのは、1990年代頃のことです。この時期、優良な外資系企業が、魅力的な転職先として台頭してきました。日本国内での事業拡大に伴って、即戦力人材を高待遇で採用したため、日系の大手企業から外資系企業へ優秀な人材が流出するようになりました。
特に、年齢と関係なく、力があれば高いポジションに就ける外資系企業の実力主義が、日系企業の年功序列にうんざりしていた、優秀な若手ビジネスパーソンの考えにフィットしたのです。
魅力的な企業の経験者採用が増えることで、高い能力を持ったビジネスパーソンが転職市場に出るようになり、それを受けて企業はますます経験者採用に力を入れる――この連鎖が、人をひきつける転職機会を増大させ、転職市場を大きく発展させました。
今では、外資系企業、コンサルティングファーム、投資銀行、PEファンド、ベンチャー企業のみならず、総合商社やメガバンクなど、日本を代表するような大企業も、即戦力人材を経験者採用で獲得しようと尽力しています。
「転職市場の発達」が、キャリア戦略をつくる意義を高めた
どんなに優れたキャリア戦略をつくっても、それを実現し得る良い転職先がなければ、絵に描いた餅となってしまいます。転職市場が発達して、魅力的な選択肢が豊富になった現代だからこそ、キャリア戦略をつくる意義が高まったのです。
転職市場の発達は、ビジネスリーダーのキャリア形成に対して、以下のような変化をもたらしました。
主体的にキャリア形成できるようになった
転職市場が未発達だった時代には、有望なキャリアの選択肢は社内にほぼ限られていました。しかし、社内での異動希望がかなうかどうかは、「会社まかせ」や「運まかせ」となります。そのため、キャリア形成において、自分の意思でコントロールできる要素が少なく、受け身にならざるを得ませんでした。
一方、現代では、スキルや実績があれば、自分の好きな仕事をできる環境を外部に求めることも可能になっています。転職市場の発達により、努力次第で、自分のキャリアを自分の意思でコントロールしやすくなったのです。
若くして、高いポジション・高い収入を得られる機会が急増
優秀な人は企業間で争奪戦となるため、若くても、高いポジションや高い年収で転職する機会を得られるようになりました。
20代で数千万円の年収となる外資系投資銀行、30代前半で2000万円を超える外資系IT企業やコンサルティングファーム、ベンチャー企業の幹部ポジションなど、驚くような高額の年収を提示する企業がたくさんあります。また昨今では、優良なオーナー企業が事業承継のために、外部から経験者採用した優秀な人に、次代の社長や役員を任せるケースが増えているのです。
このように、若くして高いポジションや高い年収を得られる機会が急増したことも、転職市場の発達による大きな変化です。高いポジションに就くためには、年功序列のために20~30年もの長い年月を待たなければいけないという、従来のキャリア設計の前提は過去のものとなりつつあります。
ただし、若くして好条件のオファーを受けるには、当然ながら、相応のスキルや経験が求められます。
また、自分が欲しいスキルや経験を習得するためだけに在職するという姿勢は、もちろん評価されません。所属する企業でしっかりと価値を生み出し、組織に貢献することは前提となるのでご注意ください。
「終身雇用制度の崩壊」で、重要性が増すキャリア戦略
終身雇用制度の崩壊もまた、キャリア戦略の重要性を高める一因となっています。
高度経済成長期以降、多くの企業が順調に業績を伸ばし、長期間にわたり安定した雇用を従業員に提供することができました。しかし近年は、日本屈指の大手メーカーでの大規模なリストラや、外資系ファンドによる日系企業の買収などの例を引き合いに出すまでもなく、大手企業でも終身雇用制度は崩壊しつつあります。
さらに、AmazonやApple、Alphabet(Google)、Microsoftなどの巨大IT企業との業界の垣根を越えた競争が激化していく中で、どのような企業も安泰とはいえないでしょう。
このような時代において、1つの会社に依存したキャリアはリスクが高いといわざるを得ません。
もちろん、これは「必ず転職をしなければいけない」ということでは、まったくありません。しかし、不安定な現代においては、企業の大小や業界を問わず、倒産や人員削減のリスクは常に潜んでいます。ゆえに、若いうちからキャリア戦略をしっかりと描き、いざとなれば転職できるように備えておくことがとても大切なのです。
転職市場で評価されるスキルや実績があれば、たとえ勤務先の会社がつぶれたとしても、他社で新たなキャリアを歩むことができます。1つの会社をセーフティーネットとする時代から、転職市場をセーフティーネットとする時代になっているのです。
自分のキャリアは自分でデザインする時代へ
ここまで見てきたように、転職市場の発達により、若くして高いポジションや年収を得られる人が急増するなど、魅力的なキャリアチェンジの機会が増えてきました。また、終身雇用制度の崩壊にともない、数十年もの間、1つの会社で働き続けられるか不透明な時代となりました。
「転職市場の発達」や「終身雇用制度の崩壊」によって、キャリアのあり方が大きく変わってきているのです。
このような変化を考慮すると、自分のキャリアを自分でデザインできる「自由」が得られたともいえますし、自分のキャリアを守るために自分でデザインする「責任」を持たざるを得なくなったともいえます。いずれにせよ、自分のキャリアを自分の手で描くことが、重要な時代を迎えたのは確かでしょう。
キャリア戦略は一朝一夕に設計できるものではありません。ぜひ皆さんには、現代をチャンスにあふれた時代ととらえ、早い段階からご自身のキャリアに向き合っていただきたいと思います。